補助錠だらけの兄の部屋

hojyo_kagi私の兄は30歳まで引きこもりだった。父はそんな兄を怒鳴り続け、母は「育て方が悪かったのかしら」と自分を責め続けた。確かに私から見ても、父の兄に対する期待は度を越していたと思うし、母もそんな父に何も言えずにいたので、兄の環境は少しかわいそうだったんじゃないかなと思う。一方で父は、女性は愛嬌さえあればいいという、男女平等の考え方とは真逆の考え方に傾倒していたので、私に対する期待は何もないようだった。どんなに成績が悪くても怒られることはなかったし、それに自分で言うのも何だけど、父は私のことが可愛いらしく、私が何をしても叱ることはなかった。後々になって兄から「お前はいいな、父さんに可愛がられて」と何度恨み言を聞かされたかわからない。兄はどんどん卑屈になっていき、数度めの試験でやっと合格できた難関大学をものの半年でいともあっけなく退学してしまった。それから兄の長い引きこもり生活が始まったのである。

兄はまず自分の空間を他人に侵されないよう、自分の部屋の扉に補助錠をつけた。父がそんな兄を見咎め怒鳴り散らすたびにその補助錠が増えていった。そして兄が出かけるときに誰も兄の部屋に入れないよう、兄は外からもかけられるカギを設置してしまった。こうして破壊でもしない限り、だれも兄の部屋には入れなくなってしまったのである。父も母も、もう兄のことは諦めてしまったのか、もう何も言わなくなった。

そんな兄が引きこもり生活から抜け出したのは、兄の彼女のお陰だ。引きこもりの兄を見捨てずにずっと見守ってくれた神様のような彼女も、30を過ぎても一向に動こうとしない兄にカツを入れ、それからようやく兄は仕事を探し始めたのだった。

今ではちゃんと定職に就き、結婚して子供までいる。今でも父は兄に何も言わないので、二人の会話は殆どない。だけどきっと時間が、お互いのわだかまりを溶かしてくれると信じている。